設立の趣旨

フロイト思想研究会

設立の趣旨

会長 京都大学大学院教授 新宮一成

 精神分析学は誕生から100年余りが経ち、その歴史的意義の検証が始まっている。フランスではジャック・ラカンが精神分析は人心操作術の類ではなく、一つの思考システムの創出であることを指摘し、構造主義との対話とともに精神分析を思想史の中心に定着させた。米国では精神医学の枠内で精神分析が発展したが、生物学的精神医学の台頭とともに急速に衰えた。しかし日本では漫然たる米国精神分析の輸入が続いていたため、ラカンの指摘に耳を傾ける機会が失われていた。新宮は早くからラカンの主張に着目し、日本の精神療法の領域で構造主義の分析法による成果をいち早く実現し、その成果によって、新宮研究室は、京都大学大学院人間・環境学研究科の出発に当たって作られた最初の4つの研究室の一つとなった。
  しかしその後、精神分析によって創出された新たな思考は、精神療法の領域における実践的知見を文化、社会、歴史の領域に広げるための優れたシステムであることがますます広く認識されるようになり、精神分析のこの長所を生かして、新鮮な角度からの文化論、社会論、そして歴史認識を展開することが時代の要請となってきた。
  新宮研究室の若人諸氏は、この時代の要請を敏感に感じ取り、世に広く存在するさまざまな研究領域において方法論的な模索を続けている人々が一堂に会し、フロイトの思考法を共通の原理かつツールとして語り合う場を立ち上げることを決意し、新宮の指導のもと、また京都大学の多くの教員、さらには他大学の教員、研究者の熱き支援を得て、ここにフロイト思想研究会を設立する運びとなった。
  しかしこの研究会での学際的な語らいがいわゆる「声の風」となって消え去ってしまわぬよう、この研究会は機関誌を有する恒久的な学会へと発展することが願われてもいる。そしてその学会においては、精神分析が説得術ではなく、発見的に過去を自己解釈し未来に振り向けていく言語活動であることを踏まえること、次に、自己の歴史的再構成を社会の歴史的再構成の発展とともに捉えること、これらの言語活動を自国語の内側のみで無自覚的に営むのではなく多言語的な場に晒すこと、そして絶えずフロイトに立ち戻り臨床的現実を踏みはずさぬことなどを基本方針として、さらなるフロイト思想の定着と拡大とを求めてゆく所存である。
  振り返ってみれば昨年の秋からは新たにフロイト全集(岩波書店)の刊行も開始され、フロイトの実像を見つめその肉声を聴き取らんとする欲望は、我が国の知的好奇心の核の一つを構成するようになりつつある。狭義には精神医学の内部の方法論の一つに過ぎない精神分析は、一つの思考システムとして練り上げられ、その思考は他領域との間で実践に移され、独創的な思考スタイルを生んでゆくであろう。その成果が結実する日を指呼の間にして、フロイト思想研究会へと多くの人々が集われんことを願って已まない。


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